その3 「宿敵」
「おーい 大工さーん」コンクリート打ちの時に打ち手の土工さんが声を荒げる時がある。現場内にこの声が聞こえたときは我々の組んだ「型枠」が崩壊したか、崩壊しかかっている時。我々「型枠大工」にとってコンクリートカッターのキュンキュン音やドドドというハツリ音に次ぐとてもいやな「音(声)」である。
前に触れた様に、自分の組んだ「型枠」がコンクリート打ちの際の圧力によって崩壊したり膨らんだりすることを阻止し精度を保つことが「型枠大工」の仕事である。よってすぐさまその「声」に対応しなくてはならない。
「型枠」にかかる外力(荷重)にはおおむね二つあり、一つは生コンクリートそのものの「自重」これは「スラブ型枠」や「梁底型枠」と呼ばれる水平方向に配置した型枠にかかる重力で打設するコンクリートの体積に比重をかけて計算することができ、ここで計算された重さにさらに安全値をかけ「サポート」と呼ばれる支柱を適切に配置することで荷重を支える。これは「垂直荷重」と呼ばれるもの。もちろん型枠自体の重さや、上に載ってる「鉄筋」の重さも加味する。
もう一つは「側圧」と呼ばれ、垂直方向に配置する「壁型枠」や「柱型枠」にかかる荷重で「側圧計算」というやや難しい数式で求めることができる。実はこの「側圧」という外力が厄介で我々「型枠大工」を悩ませる。というのも「垂直荷重」自体ほぼコンクリート自体の重さで構成されているのである意味一定であるに対して「側圧」はそれ以外の条件に左右されて変動するのである。例えば、コンクリートの柔らかさやその日の気温、天気、打設速度、打ち方等々複雑に絡み合った条件に左右され「側圧」が決まる。ふたつとして同じ「側圧」な現場はない。気温が低く、生コンが柔らかく、さらに1階層の打ち込み高さが高い、打ち込み速度も速い、といった場合に「型枠にかかる側圧」はとても大きくなる。
実はほとんどの「型枠大工」はこれを「勘」(蓄積された過去の経験)で施工している。
昔は「番線」と呼ばれる直径4㎜ほどの針金を「緊張機」と呼ばれる工具を使用して「側圧」に対抗していたと聞くが、ワタシが入職した35年前にはすでに「セパレータ」と呼ばれる金物が発明されていてそのセパレータの配置のピッチを狭くしたり広くしたりすることにより「側圧」に対抗している。そのセパレータを利用して「ホームタイ」を使い「鋼管」と呼ばれる鉄パイプで締め付け固定する。関東式と関西式に違いこそあるが、令和の今においても35年前と大きな進歩はない。
ではどういうときに「型枠」が崩壊するのだろうか?
一番多い事例は「バカ打ち」や「片押し」と呼ばれるもので、地下工事などで用いられる片方が「地盤」や「土留め」でもう片方が在来の「型枠」で施工する工法。
この工法の時「側圧」を一面の「型枠」で受けることになりかなりの負荷がかかることと、セパレータの配置が思いどおりにできない(縦杭や土留め、アンカーの配置に依存せざるを得ない)ので崩壊のリスクが高まる。もちろんサポートなどを使用して水平方向に補強をするのだが、ワタシ自身サポートが曲がるほどの「半崩壊」を何度か経験した。欲張って一度に上までコンクリート打設高さを上げようとすると足元から「崩壊」を招く。これは「型枠大工」なら現場の大小問わず一度や二度は経験している事例かもしれない。
もう一つめったに起こらないが、「スラブ崩壊」というのもある。これは「建設災害」であり結果が悲惨なことになりかねない事例である。自身の現場では経験はないが、隣の工区で目の当たりにしたことがある。この事例の詳細はここでは長くなるのでまた折を見てゆっくり書き留めておきたいと思う。
長々となったがワタシが今回なにが言いたかったかというと、「型枠大工」は単純に物を作るという仕事だけではなく、せっかく丹精込めて作ったものを壊そうとするやっかいな「側圧」「垂直荷重」「バイブレータを過剰にかける土工」などの「宿敵」と日々戦っている建設業界唯一無二で特殊な「職人」と言え、その分やりがいもあり、現場職人の「花形」といってもけして過言ではないということだ。
とワタシが勝手に思っているだけかも。
いや、似たような思いの「同士」がいると信じている。
つづく